日野富子の正体はやっぱり悪女?

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日本の悪女というと、やっぱり源頼朝の妻・北条政子、
足利義政の妻・日野富子、そして豊臣秀吉の側室である浅井茶々
というところではないでしょうか。
これらの女性は歴史上とても強い個性があり、ある意味魅力的な
女性とも言えるのかも知れません。

 

 

日野富子というと室町時代に足利将軍家とのかかわりがあった公家
であった日野氏の娘と日野富子として誕生しました。
16歳で8大将軍足利義政の正室になり、29歳で9代将軍足利義尚
を生んでいます。

 

 

義正が息子の義尚でなく、弟の義視を次期将軍を立てようとした
ことから対立するようになります。

いわゆるこれが応仁の乱の始まりとなります。
結局義政が義尚に将軍職を譲ったことで、そこから富子の力は絶大の
実権を握ることになったのです。

 

 

彼女の悪女としての行いはいろいろありますが、自分の気に入らない
者に対して、徹底的に排除するという性格を持っているようです。
20歳のときに死産をしてしまっていますが、そのときに義政の乳母で
権力が強かった今参局の呪いのせいだということで、彼女を流罪として
しまっています。

 

 

富子にとっては目の上のたんこぶを、自分の流産を理由に追い出した
ということになりそうです。
また義政の4人の側室も追放しています。この辺のことだけ見ても、
富子の悪女の正体邪魔者排除という性格にあるようです。

 

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富子は分かりやすい悪女?

 

 

そして彼女の生き方を見ていると、やはり生きるということに強い執着
もち、その生命力もとても強い女性だと感じます。
そのたくましさが悪女と言われる要因になっている部分もありそうです。

 

 

富子は北条政子のように頭が良くはなかったと言えそうです。
つまりある意味富子の正体は単純で分りやすいところがある
女性だったのかも知れません。
北条政子が頭脳派なら富子は肉体派というところのようです。
もちろんそうはいっても彼女の悪女ぶりは凄まじいものが
あります。

 

 

息子を溺愛していましたが、芸術家肌の義政とはまったく性格が
合わなかったようです。
義政とすれば、もっと知的で細かい神経を持った女性の方が合っていた
のではないでしょうか。
こんな夫婦仲の悪さも、これほどに富子を悪女にしていったのかも
知れないとフッと思ってしまいました。

 

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